はじめて鍼を打った日

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もうどこで、誰だったのかは思い出せない。
けれど、あの方が「肩こりに悩む女性の患者さん」だったことだけは、なぜかずっと記憶に残っている。

それまで鍼を打ってきたのは、自分自身か、同じ専門学校の仲間、あるいは親だった。
でもこの時は違った。
見ず知らずの、実際の「患者さん」に鍼を打つ。
それが人生ではじめての経験だった。

不安は、もちろんあった。
「痛かったらどうしよう」
「うまくいかなかったらどうしよう」
「失敗したらどうしよう」
そんなことばかりが頭の中をめぐった。

それでも、不思議と「いける」という気持ちもあった。
「これで肩こりがよくなるはず」
「俺なら、きっとできる」
…そんな根拠のない自信に支えられていた。

あの日の施術の結果や、患者さんの反応は、今ではまったく覚えていない。
顔も声も思い出せない。
でも、たしかに覚えている。
人の体に初めて鍼を打った、あの感触だけは。

そして私は今でも、ときどきその感覚を思い出す。
20年経った今も、その時の初心だけは忘れないようにしている。

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